シスタープリンセス外伝――もとい、あえて正伝

11月中旬のある日、一枚の封筒が届いた。
中には田村ゆかりFCイベントの落選通知と振り込んだ3400円分の為替が入っていた。
俺は失意のどん底に陥った。正直これほどに競争率が高いとは思ってもいなかったので、
クリスマスはゆかりんと共に過ごせるものと期待に胸を膨らませていたのだ。
基本的に大抵の不幸はネタに出来てしまう俺も、流石にこれは凹んだ。マジ号泣した。
現にここ最近の俺はどうも不幸続きだった。
周りの知り合いは皆、運が恵まれているのに俺だけ運に見放されているような気すらする。
だけど、それでも俺はポジティブでいられたのだ。
そんな俺がショックの余り、血が出るほど爪を噛んだ事なんか生まれて初めてだった。
いつも落ち込んだ時に聴く「いたずら黒うさぎ」や「エンジェルLOVE」の録音も、今日ばかりは
聴けば聴くほど余計に哀しくなってくる。
飯も食わずに、部屋で布団を被って泣いていた俺を見かねた妹が話し掛けてきた。

「兄くん……どうしたんだい?」
「すまんが、今はそっとしといてくれないか?」
「…………」
「今は同情も慰めも欲しくないんだ。ごめんな」
「判った……でも兄くん……これだけは忘れちゃ駄目だよ」
「?」
「私と兄くんは元々一つの存在だった……そして分かれてしまった時からずっと……
私は辛うじて兄くんと繋がっている一粒の雫の境界線を……追っているんだよ……」
相変わらず妹の言葉の意味は解釈が難しい。
今は判らない科白の意味をじっくり吟味する気分でもなかったので、俺は黙った。
「今は……まだ判らなくてもいい。ただ兄くんが哀しいと、私も哀しい……そういう事さ」
それじゃ邪魔をしたね、と妹は部屋を出て行った。
妹の言葉の意味はいまいち判らない。だけど、最後の言葉の意味だけは痛いほど判った。
『兄くんが哀しいと、私も哀しい……そういう事さ』
いつも通り、抑揚に欠ける声だったけど、彼女の事が好きで、彼女の事をよく知っている
俺には判った。今の彼女の言葉には所々、今にも泣き出しそうな響きが混ざっていたのだ。




「ごめんよ……兄くん……」
「ほんの少しだけ……浮気な兄くんを懲らしめてやろうと思って……」
因果律を……少しずらしたら、こんな事になってしまうなんて……」
「でも大丈夫……兄くん……もう泣かなくてもいいよ……」
「私が……何とかするから……」



それから約一週間、俺は妹の姿を見なかった。
ショックは抜けないものの、大分立ち直ってきた俺は心配になってきた。
だが妹の突然の失踪は稀にある事なので、いつも通りにネットを嗜んでいた。
そして何気なく日課ゆかりんの公式ページチェックをした時、俺は吃驚した。
(無茶を承知でゆかりんの日記より抜粋)



カウントダウンイベントが開催出来る事になりましたぁ。

>去年のライブで「やります!」
>って、大人の許可も取らずに言ってから
>「今頃言っても会場ないよ!!」
>って大人たちは大あわてだったみたいだけど、、(^-^;

>あきらめずに、何度も
>会場をあたってくれてたスタッフさんに感謝です!

>急遽空きが出た会場だから、
>みんなが望んでる規模の会場かわかんないけど
>スタッフさんが一生懸命探してくれたものだから、
>みなさん、優しい気持ちでいて下さいね(^-^;;;



『急遽空きが出た』だと!?
晦日から正月に急遽キャンセルが出るなんて、滅多な事でもない限り、あり得ない。
その滅多な事が起こったという事なのか……ひょっとして誰かが因果律に介入した!?
俺が知る限り、そんな事が出来る奴は一人しかいない。
ふと俺は思い立ち隣を見ると、そこには妹が――

千影が珍しい優しい笑みを浮かべていた。